<p>令和7年度(2025年度)税制改正が成立し、法人税の分野でも中小企業の経営に直結する見直しが行われました。一方で、報道や一般向けの記事では「賃上げ税制の控除率は最大35%」「電子帳簿保存法がさらに厳格化」といった、企業規模や前提条件を取り違えた説明が独り歩きしがちです。誤った前提で意思決定すると、本来受けられた控除を取り逃したり、不要な対応コストを抱えたりしかねません。</p> <p>本稿では、経営者・個人事業主・スタートアップの皆様が「自社にどう効くのか」を判断できるよう、令和7年度改正のうち実務影響の大きい5つの論点を整理します。数値や適用要件は改正の都度動くため、最終的な適用判断は必ず国税庁の公式情報または顧問税理士にご確認ください。</p>
<h2>令和7年度 法人税改正の全体像</h2> <p>まず、中小企業の視点で押さえておきたい論点を一覧にします。それぞれの詳細は後段で解説します。</p> <table> <thead> <tr><th>論点</th><th>方向性</th><th>中小企業への主な影響</th></tr> </thead> <tbody> <tr><td>賃上げ促進税制</td><td>制度継続・繰越控除の活用</td><td>赤字でも将来の控除を取り逃さない設計が重要</td></tr> <tr><td>中小企業向け軽減税率の特例</td><td>延長(一部に上限の見直し)</td><td>所得800万円以下部分の優遇は原則維持</td></tr> <tr><td>中小企業投資促進・経営強化税制</td><td>見直しのうえ延長</td><td>設備投資のタイミング設計に影響</td></tr> <tr><td>交際費課税の特例</td><td>延長・飲食費基準の引上げ</td><td>接待コストの損金算入余地が拡大</td></tr> <tr><td>防衛特別法人税</td><td>新設(令和8年4月以降開始事業年度〜)</td><td>一定規模以上の法人に付加税が発生</td></tr> </tbody> </table>
<h2>1. 賃上げ促進税制 ― 「最大35%」は中小企業の数字ではない</h2> <p>賃上げ促進税制は、給与等の支給額を一定以上増やした企業が、その増加額の一定割合を法人税額から控除できる制度です。ここで最も多い誤解が控除率です。「最大35%」という数字を見かけますが、これは大企業・中堅企業向けの上限であって、<strong>中小企業の枠組みとは異なります</strong>。</p> <p>中小企業向けの賃上げ促進税制(国税庁タックスアンサー No.5927-2)では、基本となる控除率と、要件を上乗せで満たした場合の最大控除率が次のように整理されています。</p> <ul> <li><strong>基本</strong>:雇用者給与等支給額が一定割合以上増加した場合に、控除対象となる増加額の<strong>15%</strong>を税額控除。</li> <li><strong>上乗せ</strong>:賃上げ率がさらに高い場合、教育訓練費を一定以上増やした場合、子育て支援・女性活躍に関する認定(くるみん・えるぼし等)を受けている場合などの要件を満たすと、控除率が積み上がり、<strong>最大45%</strong>まで拡大。</li> <li><strong>控除上限</strong>:税額控除額は、その事業年度の調整前法人税額の<strong>20%</strong>が上限。</li> </ul> <p>そして中小企業にとって実務上の意味が大きいのが、<strong>控除しきれなかった金額を5年間繰り越せる仕組み</strong>です。これは令和6年度改正で導入されたもので、「賃上げはしたが、その年は赤字または法人税額が小さく控除枠を使い切れない」という典型的な中小企業の状況に対応しています。</p> <p>つまり実務のポイントは、控除率の最大値を追うことよりも、<strong>「賃上げを実施した年度に控除しきれなくても、黒字化した将来年度で取り戻せるよう、適用と繰越の記録をきちんと残しておくこと」</strong>にあります。赤字だから関係ない、と判断して適用自体を見送ると、繰越のスタートラインにも立てません。</p>
<h2>2. 中小企業向け軽減税率の特例 ― 原則維持、ただし大きな所得には上限</h2> <p>資本金1億円以下の中小法人等には、所得のうち年800万円以下の部分について、本来19%(本則)の法人税率を<strong>15%</strong>に引き下げる軽減税率の特例が設けられてきました。この特例は中小企業の税負担を軽くする中心的な制度で、令和7年度改正でも基本的な枠組みは延長されています。</p> <p>一方で、改正では適用対象に一定の線引きが入りました。所得規模が非常に大きい事業年度については、800万円以下部分に適用される税率の優遇が縮小される方向で見直されています(一定の所得基準を超える場合に税率が引き上げられる取扱い)。スタートアップが急成長して所得が大きく膨らんだ局面などでは、「中小企業だから一律15%」という前提が崩れる可能性があるため、注意が必要です。</p> <p>自社の所得水準が線引きの基準に近い場合は、適用税率が変わる境目を意識した期末対策(決算賞与・設備投資の時期など)の検討余地があります。具体的な所得基準・税率・適用年度は確実な現行情報の確認が必要なため、<strong>最新の数値は国税庁の公式情報または顧問税理士にご確認ください。</strong></p>
<h2>3. 中小企業投資促進税制・経営強化税制 ― 「見直しのうえ延長」を正しく読む</h2> <p>設備投資を後押しする中小企業投資促進税制および中小企業経営強化税制は、令和7年度改正で<strong>対象や要件を見直したうえで延長</strong>されました。ここでも注意したいのは、「AI関連ソフトやクラウド利用料が新たに対象設備に追加された」といった説明が、必ずしも制度の建付けと一致しないことです。クラウドサービスの月額利用料のような<strong>役務提供の対価</strong>は、そもそも税額控除・特別償却の対象となる「減価償却資産(設備)」とは性質が異なります。</p> <p>令和7年度改正で報じられている主な見直しの方向性は、次のような点です。</p> <ul> <li>成長を目指す中小企業を対象とした類型の拡充(売上高100億円超を目指す企業向けの枠組みなど、より高い成長投資を支援する区分の整備)。</li> <li>対象資産の範囲の見直し(建物など、従来は対象外だった資産を一定の要件下で対象に加える方向)。</li> </ul> <p>これらは設備投資の規模・種類・タイミングによって有利不利が変わります。重要なのは、投資の意思決定をする<strong>前</strong>に、その設備・建物が即時償却(特別償却)または税額控除のどちらの対象になり得るかを確認することです。発注・取得・事業供用のタイミング次第で適用年度がずれるため、決算期との関係も含めて設計してください。対象設備の具体的な範囲や控除率、適用期限は変動するため、<strong>適用前に最新要件を中小企業庁・国税庁の公式情報または税理士にご確認ください。</strong></p>
<h2>4. 交際費課税の特例 ― 800万円枠の継続と「1万円基準」</h2> <p>交際費は原則として損金不算入ですが、中小企業(資本金1億円以下等)には、年間800万円までの交際費等を全額損金算入できる定額控除の特例があります。この中小企業向けの特例は、令和7年度改正でも引き続き<strong>延長</strong>されており、取引先との関係構築に要する費用を一定の範囲で経費化できる状態が維持されています。</p> <p>あわせて押さえておきたいのが、<strong>飲食費の金額基準の引上げ</strong>です。一定の社外飲食費は、1人当たりの金額が基準以下であれば「交際費等」から除外され、全額を損金算入できます。この基準は、令和6年4月1日以後に支出する飲食費から<strong>1人5,000円以下→1万円以下</strong>に引き上げられました。会議費・飲食費の経理判断に直接効くため、規程や精算フローの見直し対象になります。</p> <p>適用にあたっては、飲食等のあった年月日、参加した取引先等の氏名・名称と関係、参加人数、金額、店舗の名称・所在地などを記載した書類の保存が要件です。「1人当たり」の判定が前提なので、<strong>参加人数の記録を残していないと基準内でも除外できない</strong>点には実務上の注意が必要です。</p> <table> <thead> <tr><th>項目</th><th>内容</th></tr> </thead> <tbody> <tr><td>飲食費の1人当たり基準</td><td>5,000円以下 → 1万円以下(令和6年4月1日以後の支出から)</td></tr> <tr><td>中小企業の定額控除</td><td>年800万円までの交際費等を全額損金算入(特例を延長)</td></tr> <tr><td>保存要件</td><td>日付・相手先・人数・金額・店舗等を記載した書類の保存</td></tr> </tbody> </table>
<h2>5. 防衛特別法人税の新設 ― いまから織り込む「将来の付加税」</h2> <p>令和7年度改正の文脈で中期的な影響が大きいのが、防衛力強化の財源確保を目的とした<strong>防衛特別法人税</strong>の創設です。これは基準となる法人税額に対して課される付加税で、<strong>令和8年(2026年)4月1日以後に開始する事業年度から</strong>適用されるものとして整理されています。</p> <p>制度の建付けとしては、基準法人税額から一定額(基礎控除)を差し引いた額に税率を乗じる形が示されています。報じられている内容では、基礎控除の水準により、規模の小さい多くの中小企業は実質的に負担が生じにくい設計とされていますが、一定規模以上の所得・法人税額がある法人では追加負担となり得ます。</p> <p>適用は来期以降であっても、複数年度の利益計画・納税予測・税効果会計の前提に関わるため、<strong>今期のうちから「将来こういう付加税が乗る」と織り込んでおく</strong>ことが、資金繰りと投資判断の精度を高めます。具体的な税率・基礎控除額・課税標準・適用初年度の取扱いは、確定した現行情報の確認が不可欠なため、<strong>最新は国税庁・財務省の公式情報または税理士にご確認ください。</strong></p>
<h2>補足:電子帳簿保存法は「厳格化」より「定着フェーズ」</h2> <p>電子帳簿保存法について「令和7年度でさらに厳格化された」と語られることがありますが、実務上の正確な理解はやや異なります。電子取引データ(メール添付やWeb上で授受した請求書・領収書等)を電子のまま保存する義務は、宥恕(ゆうじょ)期間を経て<strong>令和6年(2024年)1月から本格適用</strong>されており、令和7年度はその<strong>定着・運用フェーズ</strong>にあたります。</p> <p>むしろ近年の改正では、一定の要件を満たすシステムを使う場合に重加算税の加重措置の対象から外すなど、適正な対応をしている事業者の負担に配慮する方向の見直しも含まれています。したがって経営者が取るべき対応は「新たに厳格化されたから慌てる」ことではなく、<strong>電子取引データの保存(真実性・可視性の確保)と検索要件への対応が、日々の業務フローとして回っているかを点検する</strong>ことです。対応が止まっている企業ほど、ここを最優先で整備すべきです。</p>
<h2>よくある質問(FAQ)</h2> <h3>Q1. 当社は赤字続きですが、賃上げ促進税制を申告しておく意味はありますか?</h3> <p>あります。中小企業向けの賃上げ促進税制では、控除しきれなかった金額を5年間繰り越せる仕組みが設けられています。賃上げを実施した年度が赤字でも、要件を満たして適用と記録を残しておけば、将来黒字化した年度で控除枠を活用できる可能性があります。「赤字だから関係ない」と適用自体を見送ると、繰越のスタートラインに立てません。賃上げを行った事業年度の取扱いは、顧問税理士と必ず確認しておくことをおすすめします。</p> <h3>Q2. 交際費の「1人1万円基準」になったので、接待は1万円まで自由に経費にできますか?</h3> <p>「自由に」ではありません。1人当たり1万円以下の社外飲食費は交際費等から除外して損金算入できますが、これは<strong>参加人数の記録</strong>や日付・相手先・店舗名などの書類保存が前提です。人数記録がないと基準内でも除外できません。また、社内飲食(自社の役員・従業員のみ)はこの除外対象ではない点にも注意が必要です。中小企業の年800万円の定額控除と、この1万円基準は別の仕組みなので、両者を混同しないようにしてください。</p> <h3>Q3. 改正の数値はどこで最終確認すればよいですか?</h3> <p>税率・控除額・基準額・適用期限・施行時期は改正のたびに変わり得るため、一次情報での確認が原則です。法人税の個別論点は<strong>国税庁(タックスアンサー)</strong>、改正全体の趣旨は<strong>財務省</strong>、中小企業向け施策は<strong>中小企業庁・経済産業省</strong>、条文は<strong>e-Gov法令検索</strong>が公式の出発点になります。本稿の数値も執筆時点の整理であり、適用判断の前には公式情報または顧問税理士でご確認ください。</p>
<h2>まとめ/ご相談</h2> <p>令和7年度の法人税改正は、「控除率の最大値」や「厳格化」といった見出しだけを追うと、自社への影響を読み違えやすい構成になっています。経営者として押さえるべき要点を整理すると、次のとおりです。</p> <ul> <li>賃上げ促進税制は、控除率の上限よりも<strong>5年繰越を取り逃さない記録設計</strong>が肝心。</li> <li>中小企業の軽減税率の特例は原則維持だが、<strong>大きな所得には線引き</strong>が入る。</li> <li>投資促進・経営強化税制は<strong>取得前のタイミング設計</strong>で有利不利が決まる。</li> <li>交際費は<strong>800万円枠の継続と1万円基準</strong>を、人数記録とセットで運用する。</li> <li>防衛特別法人税は<strong>来期以降の利益計画にいまから織り込む</strong>。</li> </ul> <p>本コラムは、公認会計士・税理士として<a href="https://invaders.co.jp/members/hoshino-ushio.html">星野宇潮</a>(IPO支援20社超、一般社団法人RULEMAKERSDAO監事、合同会社型DAOの立法に関与)が監修しています。制度の適用判断は、自社の資本金・所得規模・設備投資計画・賃上げ実績によって結論が変わります。一般論ではなく「自社の数字でどう効くか」を知りたい段階になったら、早めに専門家へご相談ください。</p> <p>メタワークス会計事務所では、<a href="https://metaworksgroup.jp/topics/">最新の税務情報</a>の発信に加え、<a href="https://metaworksgroup.jp/">法人の税務顧問・決算申告・スタートアップやDAO領域の会計支援</a>まで一貫してサポートしています。税制改正を踏まえた節税と適正申告の両立、賃上げ・設備投資の税務効果のシミュレーションなど、具体的なご相談を承っております。お気軽にお問い合わせください。</p>
カテゴリ: 税務情報