
【この記事の要約】①日本公認会計士協会は、監査事務所に対してAI利用に関する規則の策定を求めており、この流れは税務・会計の実務にも及びます。②利用規則の核は5つ——入力データの線引き、確定権限の留保、利用ツールの台帳化、教育、事故対応。③規則は「作って終わり」ではなく、小規模事務所でも回る運用設計とセットで初めて機能します。本稿では5つの柱の具体的な書き方を解説します。
なぜ「利用規則」が必要なのか
生成AI・AIエージェントの業務利用でもっとも危険なのは、ツールそのものではなく、「ルールがないまま各自が使い始める」状態です。誰がどのAIに何を入力しているか事務所として把握できていなければ、守秘義務・品質・責任のどれも管理できません。
監査の世界では、日本公認会計士協会(JICPA)がテクノロジー委員会研究文書第11号で、機密情報の入力への警鐘とともに、各監査事務所でのAI利用規則の策定を求めています。また、AIツールの利用は品質管理体制の整備事項(データ管理・セキュリティ・更新・モニタリング・トレーニング・基準との整合)を生じさせるという整理も示されています。税務・会計の実務がこの流れの外にいられるとは考えにくく、先に規則を整えた事務所から安心してAIを使い倒せる、というのが実務家としての私の見立てです(AIエージェントが会計実務で何をできるか・どんな社内ルールが要るかはAIエージェント時代の会計・税務Q&Aでも整理しています)。
柱①: 入力データの線引き
利用規則の最初の条文は「何を入力してよいか」です。おすすめは3段階の区分です。
- 入力禁止: 顧問先の機微情報(マイナンバー、口座情報、未公表の重要事実など)
- 条件付き可: 顧問先の会計データ等——入力情報が学習に使われない契約・設定を確認したサービスに限る、または端末内で処理が完結しデータが外に出ないツールに限る
- 自由: 一般論の質問、公開情報、自事務所の定型文書のひな形づくり
ポイントは、禁止一辺倒にしないこと。全部禁止の規則は必ず形骸化します。「ここまでは安全に使える」という青信号を明示するのが、守られる規則の条件です。
柱②: 確定権限の留保
二つ目の柱は「AIの出力を、誰がどう確定させるか」。私はこれを一文で書くことを勧めています——「AIの出力はすべて下書きであり、有資格者(または担当者+査閲者)が検証して確定する」。
申告書も、決算書も、顧問先への回答文も、AIがどれだけ整った文章を出しても、責任は事務所と専門家にあります。監査の世界でも「AIを利用しても監査人の責任は軽減されない」が公式の整理です。確定権限を人間に留保する条文は、AI時代の職業専門家の背骨にあたります。
柱③: 利用ツールの台帳化
「誰が・どのAIサービスを・どの業務で使っているか」を一覧にします。台帳といっても、小規模事務所ならスプレッドシート1枚で十分です。記載項目は、サービス名/用途/入力してよいデータの区分(柱①との対応)/契約形態(学習利用の有無)/管理者。
台帳の効用は二つあります。新しいツールを使いたいときの承認プロセスが自然に生まれること、そして事故が起きたときに影響範囲を即座に特定できることです。
柱④: 教育——規則は読まれない前提で設計する
規則を作っても、条文のままでは読まれません。効くのは、「やってよい例・いけない例」の具体例集と、短い研修です。「顧問先の試算表をそのままチャットAIに貼るのはNG、数字を架空に置き換えた一般論の質問はOK」のように、自事務所の業務に即した例を10個も並べれば、規則の9割は伝わります。
新しいメンバーが入ったとき、新しいツールを台帳に載せたとき、大きな事故事例が報道されたとき——この3つのタイミングで15分の読み合わせをする、と規則自体に書いておくのがコツです。
柱⑤: 事故対応——報告が早いほど傷は浅い
最後の柱は、間違えたときの手順です。誤って機微情報を入力した、AIの出力を検証せずに顧問先へ送ってしまった——起きうる事故を先に列挙し、「気づいたら直ちに管理者へ報告する。報告者を責めない」と明記します。責めない原則を規則に書くのは感情論ではなく、報告の遅れこそが被害を拡大させるからです。報告を受けた後の手順(サービス提供者への削除依頼、顧問先への説明、再発防止の台帳更新)も簡潔に書いておきます。
運用のコツ: 年1回、実態に合わせて改定する
AIのサービスも制度も、1年で様変わりします。規則に「毎年◯月に見直す」と改定日を書き込み、台帳と具体例集を実態に合わせて更新してください。監査業界の動向(研究文書の改訂、検査当局の論点化)もこのタイミングで確認すると、制度の変化に規則が置いていかれません。
私自身、監査支援AI「右筆(Yuhitsu)」の開発で「守秘をアーキテクチャで保証する」設計(詳細は監査×AIエージェントの設計論)に取り組んでいますが、どれだけツール側が安全になっても、事務所側の利用規則という受け皿があって初めて、組織としてAIを使いこなせます。規則づくりは、AI導入のコストではなく、安心してアクセルを踏むための投資です。
よくある質問
Q1. 所長1人+スタッフ数名の事務所でも、規則は必要ですか?
必要です。むしろ小規模ほど「暗黙の運用」になりやすく、1枚の規則とツール台帳があるだけで事故率が大きく下がります。本稿の5つの柱をA4で1〜2枚にまとめる程度で十分です。
Q2. 顧問先から「AIを使っているのか」と聞かれたら、どう答えるべきですか?
隠さないことです。利用規則と台帳が整っていれば、「この範囲で・この安全策のもとで使い、最終確認は必ず有資格者が行う」と胸を張って説明できます。それ自体が事務所の信頼につながります。
Q3. 規則のひな形はありますか?
本稿の5つの柱(入力線引き・確定権限・台帳・教育・事故対応)を条文化すれば、それがそのままひな形になります。個別の事情に合わせた整備のご相談は、当事務所でも承っています。
まとめ/ご相談
AI利用規則は、AI導入のブレーキではなく、安心してアクセルを踏むための投資です。入力線引き・確定権限・台帳・教育・事故対応の5つの柱をA4で1〜2枚にまとめるところから始めてください。メタワークス会計事務所・メタワークスコンサルティングでは、クラウド会計の導入、経理DX、AIを活用した業務自動化から社内ルールの整備まで、経営の足場づくりを一気通貫で伴走しています。
- AIエージェントが会計実務で何ができるかは AIエージェント時代の会計・税務Q&A|会計事務所はどこまでAIに任せられるか をご覧ください。
- 監査×AIの設計論は 監査×AIエージェントの設計論──「AIは結論を書かない」を実装する をご覧ください。
- 著者の経歴は 代表紹介|星野宇潮 をご覧ください。
著者: 星野宇潮(ほしの うしお)
公認会計士・税理士。メタワークス会計事務所・メタワークスコンサルティング代表、株式会社インベーダーズ創業者、一般社団法人RULEMAKERS DAO監事。IPO支援に特化したコンサルティングファームを創業し多数の上場に携わったのち、自律型AIエージェント・スウォームを現実の産業に社会実装する公認会計士・税理士として、監査支援AI「右筆(Yuhitsu)」の開発・実証に取り組む。テーマは「未来の居場所づくり」。
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の税務・法務・監査上の判断を代替するものではありません。JICPAテクノロジー委員会研究文書第11号は監査基準を構成しない非拘束の文書です。最新の取り扱いは日本公認会計士協会・国税庁などの公式情報をご確認のうえ、具体的なご判断は専門家にご相談ください。
カテゴリ: コラム